2010/02/09 23:55
ある時、『自分の信条をもう一度確かめろ』
と問われました。
誰に?
というのは、今はおいといて・・・。

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ということで、『あるお話』です。
この『あるお話』を、どこまで信じるか、
または正しい事なのかのご判断はあなたの自由です。
そして受け取り方もあなたの自由です。
「こんな話、あるんだね〜」と読む気持ちで楽しんでいただければと思います♪
※途中からの方は、
『あるお話』・・・プロローグからどうぞ♪
はてさて、『信条』ですか・・・。
まず、辞書で調べてみましょう。
『信条』
[1] 堅く信じていることがら。信念。
・思想―
・私の―
[2] キリスト教で、教理を要約し、教会によって権威づけられた条文。
使徒信条・ニカイア信条・アタナシウス信条など。信仰箇条。
----大辞林より
堅く信じていることがら。
私の堅く信じていることがら・・・て、どんな事だろう。
・
・
・
父が幼い頃亡くなり、
母が私にとってのすべてだった子供時代。
それは大人になっても大きく心を占め、
人を信じる事も、自分を受け入れる事もできなかった。
自分を開いてしまうと、途端に世界から攻撃されると思ったから。
怖くて、怖くて、自分を守るために、
心に強固な壁を作り上げた。
そのため、自分の中身を自分でもわからなくなってしまった。
今は・・・、
怖がる必要はどこにもないんだって思えるようになった。
それは、怖いものが以前より減ったから。
怖かったと思えることを受け入れる事ができたから。
怖かったこと。
人の目。
どう思われているのか、嫌われてないかな・・・。
それはまるで目の前で起こっているかのごとく、
私の心を占め、恐怖に陥れた。
「きっと、嫌われてるにちがいない!」
「使えないやつだって思われてるんだ!」
その言葉を言われた訳ではない。
のに、自分で発して自分で自分を追い詰めていた。
気づかなかったから。
そうして心を、自分を苦しめていた事実に。
「あんな風に思われてる」
「こんな風に思われてる」
それってね、自分自身の心の中で作ったモノなんですよ。
自分で勝手に作った、心の脚本。
「思われてるに違いない」
みんな、ここにとらわれていませんか。
私は長い事、囚人でしたよ(笑
自分自身で作り出したモノ。
それは空想。
私が生きているのは心の中ではない。
生きているのはいまここという現実。
私の信条。
『不安という現実はどこにもない。不安は頭(心)の中にしかない。』
不安はありますか?
ならその不安をここに出してみてください。
出せますか?
ありますか?
それはどこにありますか?
それはあなたの心のつぶやきではないでしょうか。
それはあなたの頭の中で作り出したモノではないでしょうか。
現実の中には不安はないんですよ。
悲しくなったとき、辛くなったとき、
私はその言葉で私に戻ります。
そうして、自分がしたかった事はなんだったかを思い出します。
不安に揺れるのは、
大切にしたかった事があったから。
だから「あぁなってしまう!」「こうなるんじゃないか!」
ってなってもいない現実を思い描くんです。
ね、不安という現実はないでしょ?
・
・
・
私の信条です。
伝わるといいなぁ。
撮影:<SONY DSC-H50>
↑あなたの心に響いたら「ぽちっ」お願いします(人´∀`*)
"誰に"これを問われたのかは、また後日に。
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